• 2015/09/29

【Vol.2】18歳が人生の転換期。日本との出会いと両親の後押し

募集期間 2016/09/29(木)〜

VOL.1ではエンピさんの人生グラフが登場。みなさんの人生と、重なるところはありましたか?

VOL.2では、エンピさんが日本に来るまでについて伺いました。母国ネパールで様々な葛藤のあったエンピさんが留学を決めたきっかけや、その留学の背景で起こったご両親との秘話をご紹介します。

■まずは第1話はから!
 【Vol.1】「エンピさん」ってこんな人! 

インタビュイのプロフィールエンピ・カンデルさんのプロフィール写真

エンピ・カンデル。トモノカイ留学生支援部にて、留学生の就職支援を行う。これまでに2000人以上の留学生の日本企業への就職をサポートし、過去5年間で600名の留学生を内定へと導く。日本の好きな祭りは「さっぽり雪まつり」、死ぬ前に食べたいものはマグロ、納豆卵かけごはん、そば。

 
  • ■Vol.2のあらすじ・・・
    カトマンズの高校で出会った日本人に影響され、日本への留学を決意したエンピさん。しかし、人生の転機となった「日本留学決意」の理由は、それだけではなかった……? エンピさんが留学を決めたもう一つの理由と、ご両親とのエピソードを伺いました。

人生の転換期はいつでしたか?

18歳の時ですね。転校したカトマンズの高校で、清掃をしていた日本人に出会って衝撃を受け、「日本」という国を調べたら戦後約15年で急成長した国だったんです。

そんな国は日本とドイツくらいしかなくて。はじめは英語ができるからアメリカに行きたいと思っていたのですが、「こんなに早く成長した国ならここにいこう」と日本へわたることを決意しました。
 

同じ時期に、ネパールの経済格差を知ったのですよね

母国の経済格差について話すエンピさん

そうです。ネパールにはストリートチルドレンがいて、その子たちから「お兄さんはきれいな服を着ていますが、僕たちには食べるものもなければ、学校に通う機会もありません。」と言われて、現状を知りました。でも、ネパールにいては何も変えられないと思って、国を変えるために海外に留学することを決めました。
 

日本人との出会いと、ネパールを変えたい気持ちの芽生えが重なって、日本への留学を決めたのですね

そうですね。でも「日本って英語できないじゃん!」という壁にぶつかって、2年くらい日本語学校に通い当時在学していたネパールの大学のちょうど2年生の時に日本に留学することになりました。

両親からはネパールの大学を卒業することを勧められましたが、日本留学の思いを伝えて、日本に行くことを決めました
 

ご両親はどんな気持ちだったのでしょう…?

母はずっと泣いていました。

私は日本に来てからも全然電話をしなかったので、すごく心配してましたね。ただ、日本に来る後押しをしてくれたのは父の言葉でした。
 

どんな言葉だったのですか?

「人のためになるならば、どこにでも行っていいです。でも、自分のために外国へ行くならば私たち両親のもとにいてください。あなたがそばにいてくれることが、私たちの幸せにつながるからです。でも、誰かのためになるのなら、応援します。」という言葉です。

自分の両親ながら、すごい両親だなと思って。
 

とても素晴らしいご両親ですね。

泣きながらでも応援してくれているから、今の私がいるんです。

微笑むエンピさん

■Vol.3へつづく・・・
両親からの激励を受け、「自分の両親ながら、すごい両親だと思った」と尊敬のまなざしで語ったエンピさん。ご両親から応援された彼は、日本での学生生活を全力で頑張りました! でも、楽しい学生生活の中で就活だけは失敗?! 知られざるエンピさんの学生生活&就活話は、Vol.3で!

【Click】⇒ Vol.3 ~エンピさんと日本での生活~

 
◆エンピさんに聞いてみた♪シリーズ
【Vol.1】「エンピさん」ってこんな人!
【Vol.2】18歳が人生の転換期。日本との出会いと両親の後押し
【Vol.3】就活失敗?!納得いく大学生活と葛藤の就活
【Vol.4】リアルパートナーだから、できること。
【Vol.5】もっと輝け、留学生!留学生としか作れない未来がある。
富永みずき(Mizuki)

著者:富永みずき(Mizuki)

都内女子大学に在学中。トモノカイの夏季インターンをきっかけに、t-news for globalで学生ライターを務める。「言葉に笑顔を映すこと」が目標。
留学生のみなさんが、今よりもっと「日本、イイネ!」と思えるきっかけになれたら嬉しいです!